亀山社中と平和公園と出島と・・・長崎
旅した日:2013年6月
長崎市への原子爆弾投下(ながさきしへのげんしばくだんとうか)では、第二次世界大戦末期の1945年(昭和20年)8月9日午前11時02分に、アメリカ軍が日本の長崎県長崎市に対して投下した原子爆弾(以下『原爆』と記す)に関する記述を行う。これは実戦で使われた二発目の核兵器である。この一発の兵器により当時の長崎市の人口24万人(推定)のうち約14万9千人が死没、建物は約36%が全焼または全半壊した。長崎県、長崎市などを指す「長崎」が「ナガサキ」とカタカナで表記される場合は長崎市への原爆投下を指すことが多い。- wikipedia「長崎への原子爆弾投下」より
長崎2日目は、なんとなく・・という気持ちで原爆資料館と平和公園に行ってみました。
それは今回天候が悪くて軍艦島ツアーにいけず時間が空いたからで、もしも軍艦島ツアーに行けていたら、きっと行かなかったスポット。
なんとなく無自覚だけど避けていたのかも。
でも、今回なんとなく・・というきっかけでも、そういった場所に自発的に行こうと思ってよかった。
これまで関東で育ったということもあって、広島や長崎、沖縄などには修学旅行などで行ったことがなく、また家族旅行なでも距離的な要因でまったく行ったことがなかった。
原爆資料館へは、真っ白で空白な感じの螺旋階段をくだる。
歴史を一歩ずつさかのぼっていく眩暈。
実際に被爆した大型の被災資料の展示。
瓊浦(けいほ)中学校の給水タンク。
このほかにも被爆した長崎の街の様子が大型スクリーンに映し出されていました。
被爆の惨状をはじめ、原爆が投下されるに至った経過、および核兵器開発の歴史、平和希求などストーリー性のある展示。
原爆が投下された11時02分で止まった時計。
このほかにも多くの被爆資料が展示されいますが、そういったものを見てもそうだけど、被爆された方の手記やビデオなどみると涙でてしまう。
原爆資料館を訪れていた半分くらいが、外国の方だったのも印象的だった。
平和祈念像。
制作者の北村西望氏はこの像を神の愛と仏の慈悲を象徴とし、天を指した右手は“原爆の脅威”を、水平に伸ばした左手は“平和”を、軽く閉じた瞼は“原爆犠牲者の冥福を祈る”という想いを込めたそうです。
右手は原爆を示し、左は平和を 顔は戦争犠牲者の冥福を祈る
平和公園近くの浦上天主堂
8月9日 – 長崎への原爆投下により、爆心地から至近距離に在った浦上天主堂はほぼ原形を留めぬまでに破壊。
投下当時、8月15日の聖母被昇天の祝日を間近に控えて、ゆるしの秘跡(告解)が行われていたため多数の信徒が天主堂に来ていたが、原爆による熱線や、崩れてきた瓦礫の下敷きとなり、主任司祭・西田三郎、助任司祭・玉屋房吉を始めとする、天主堂にいた信徒の全員が死亡。
そのあと、なんだかものすごく疲労感を感じたので長崎駅に戻って昼食。悲しんだり心を痛めたりすると疲れるみたい
そうだ、長崎ちゃんぽんを食べようかしら
長崎駅前のちゃんぽん専門店 中華菜館かたおかさん。
濃厚スープに具沢山。そしてミルキー・・
お腹いっぱいになったので、再びブラブラ散策。
未練たらしく軍艦島の出航港へ向かってみる。
その途中に、あのカステラ一番、電話は二番、三時のおやつは文明堂~の1号店が!!
このあと、文明堂のカステラのCMソングがリフレイン・・・カステラ一番・・・
本当ならこの港から軍艦島への船が出るはずでした・・・・本当に残念・・
事前に申し込んでいたのに台風で欠航・・めちゃくちゃ運がなさすぎる女、それがわ・た・し♡
長崎港から出島が近いらしいので、歩いてみる。
あの教科書でおなじみの”出島”、実際はどんなところなんだろう。ちょっと社会科見学っぽくてワクワク。
出島って・・・・出島って・・・
小っちゃっ!
田舎のほうの農家さんのおうちのほうが広そう・・・っていうくらいなこじんまり感。
こんな狭いエリアでいろいろと貿易とかなんやら繰り広げられていたんですね・・・百聞は一見にしかずを実感。
うさちゃんと、後ろの門と橋の縮尺おかしくないですか??
なぜなら、出島のミニチュア in 出島
せっかくなので稲佐山の展望台に行ってみようということで、長崎駅から稲佐山行きのロープウェー乗り場までバス。
ロープウェー乗り場。この日、台風の影響でロープウェー運行中止
あ、そういえば長崎は新世界三大夜景だったんですね。
ロープウェーに乗れなかったので、また長崎駅周辺に戻って、日本二十六聖人殉教地に行ってみました。
日本二十六聖人(にほんにじゅうろくせいじん)は、1597年2月5日(慶長元年12月19日)、豊臣秀吉の命令によって長崎で処刑された26人のカトリック信者。
日本でキリスト教の信仰を理由に最高権力者の指令による処刑が行われたのはこれが初めてであった。
26人の聖人たちはどんなことを思いながら処刑されていったのでしょう・・・思いを馳せる
さらに坂の街をぶらぶら
ワッツ!住宅街に、突如の観音。
一瞬目の錯覚かと思ってびびった
近づいてみる・・この角度から撮るとさらに怖い・・・
知る人ぞ知るワンダースポット「亀に乗った観音」福済寺さん。
この観音様は正式には「万国霊廟長崎観音」と言って、原爆の犠牲者を弔うため、世界平和を祈るために1979年に建立されたそうです。
さらにこの観音様の内部には「フーコーの振り子」があるらしい!この日は閉まっていて見学はできませんでした・・・
帰りの飛行機までまだ時間があったので、ブラブラ続行。
長崎駅からはちょっと距離があるけど、坂本竜馬の亀山社中記念館に足をのばしてみることに。
地図を見ていただくとわかると思いますが・・・亀山社中記念館への道のりめちゃくちゃしんどい。
最寄り駅から10分~15分くらいずーっと坂道が続くのでちょっとした登山。
わたしの他にも亀山社中記念館に行く人が前を歩いていたけど、ぜーぜーいってました(笑)
体力に自信のない人は要検討ですよ・・。
結局10分~15分くらいでいける(と公式資料にはあったけど)ところを、40分かかりました・・・・
そんな亀山社中記念館へのつらい道のりを励ますかのように、りょーまさーん
このぜーぜーロードを龍馬さんも通ったんですかね・・・
今度は、近藤長次郎さんなる方が励ましてくれてます。welcomeって・・・あんた
また龍馬さん。新発見、龍馬の軌跡が道標
苦しい坂道・・・ちょっとだけ、いらっとしてきました。CCBばりにゼーゼーが止まりません
よし、行くぞ。やる気十分、輝く未来。
たしかさっき100mって出てたよなぁ・・・・全然着かない・・・
世界に届けわたしの夢をでっかい。希望に燃えている
・・なんか日本語おかしくないかい?りょーまさんよー
・・・・・
やっとついたぁ・・・ゴールの感動はない・・疲れすぎて ”無”
記念館で働く人は毎日たいへんだなぁ・・・とか余計なお世話な心配をしてみる
記念館の中。割と自由に写真撮影させてもらえます。
ブーツじゃなくて、ぶーつってとこに、なんだかセンスを感じるのはわたしだけでしょうか
くだり(帰り)は、のぼり(行き)とは比べ物にならんくらい、楽チンだった
そしてちょうど、飛行機の時間になったのでカステラ土産を買って帰りました!
長崎 異人堂カステラ。スタンダードな味だった。
松翁軒のチョコラーテ。生チョコみたいなカステラでしっとり美味しかった!異人堂よりこっちのがすきかなぁ
行けなかったけど、しっかり軍艦島みやげだけはゲット!
今回は台風のせいで長崎旅行の目的の軍艦島へは行けなかったけど、そのおかけで原爆資料館や平和公園へ行けたので結果良かった気がする。
次こそは軍艦島!