大徳寺は、京都市北区紫野大徳寺町に位置し、臨済宗大徳寺派の大本山として知られる寺院です。山号は龍宝山で、本尊は釈迦如来です。開山は宗峰妙超で、正中2年(1325年)に正式に創立されました。
京都でも有数の規模を誇る禅宗寺院であり、境内には仏殿や法堂などの中心伽藍だけでなく、20以上の塔頭も立ち並んでいます。これらの塔頭は近世寺院の雰囲気を残しており、大徳寺の歴史と文化を物語っています。
大徳寺の中心には勅使門から山門、仏殿、法堂、方丈などが南北に並び、その他の施設も含めて七堂伽藍として知られています。特に方丈庭園は、江戸時代初期を代表する枯山水の庭園であり、方丈の正面には聚楽第の遺構である唐門があります。また、大徳寺には多くの国宝や重要文化財が残されています。
大徳寺の塔頭の一つである三玄院は、一般にはめったに公開されない原則非公開の寺院です。大徳寺の塔頭の中でも特に知られています。なぜなら、石田三成が葬られた墓所として有名だからです。
石田三成は、戦国時代から安土桃山時代にかけて活躍した武将であり、豊臣秀吉の配下として活躍しました。しかし、関ヶ原の戦いで西軍の一員として敗れ、その後に自害したとされています。彼の遺体は大徳寺内の三玄院に葬られています。
京都府京都市北区紫野大徳寺町53